大判例

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東京地方裁判所 昭和42年(合わ)82号 判決

〔主文〕

被告人に対し刑を免除する。

〔理由〕

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四二年二月二二日午後七時三〇分頃、東京都台東区清川二丁目二八番地八号丸福宿泊所三号室において、同室で酒に酔つて寝ていたH(当六九年)が、被告人とTの話し声を聞き咎めて「うるさい。馬鹿野郎。」などと怒鳴り、ウイスキーの角瓶をもつて被告人に殴りかかつたので、身の危険を感じ、自己の生命身体を防衛するため右角瓶をとりあげようとして、これを取りあげるまでに防衛の程度を超え、Hの襟首をつかんでもみ合い同室北側の壁、柱などに同人の頭部を打ちつけるなどの暴行を加え、よつて同人に蜘網膜下出血等の傷害を与え、同日午後八時七分頃、同区日本堤二丁目一九番一号井福病院において、同人をして右蜘網膜下出血に基く脳圧迫により死亡するに至らしめたものである。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人の本件所為は正当防衛であり、少なくとも過剰防衛であると主張するので考えるに、<証拠略>を綜合すると被告人の本件行為は、被害者Hが判示の如く、単に同室者と話していた被告人に対し、ウイスキーの角瓶をもつて殴りかかつたため被告人が自己の生命身体の危険を感じ右角瓶をとりあげようとしたもの、すなわち、防衛意思に基く防衛行為であると認められるが、被告人は身長約一七〇センチメートル体重七〇キログラム、年令三七歳の壮年であるのに反し、被害者は身長約一五〇センチメートル、体重四九キログラム年令六九歳という老人であり、両者の間には体力的に大きな差があつたと認められ、当夜は右被害者は相当多量にアルコールを摂取していたもので角瓶を振り廻すといつても、本件の行なわれた部屋の天井の高さは床面から約一、六五メートルであり、被告人の身長より低く、被害者の頭もほんとどつかえるくらいであるから、角瓶を頭上に振りかざすような行動には出られない関係にあつたものであり、このような場所における酒に酔つた老人の行動を制することは比較的容易であつたものと認められ、兇器も角瓶であつて刃物ではなかつたのであるから被告人に対する危険度はあまり高くはなかつたと考えられる。このような事情の下において被告人が被害者の襟首をつかんで同人を押しまくり、部屋の壁面などに同人の頭部を相当強く打ちつけるという本件のような行為に出たことは、自己の権利を防衛するための正当防衛の程度を超えているものといわねばならない。したがつて正当防衛の主張は採用できないが、被告人の本件所為は、判示の如く過剰防衛行為であると認めるのが相当である。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二〇五条一項に該当するところ、被害者Hの死の原因は前記鑑定書により明らかであるように、「本屍の死因は、脳底部に存する著明な蜘網膜下出血であり、これはおそらくは、動脈瘤の破綻から発生したものと考えられる。その破綻は自然的に換言すれだ外力と無関係に、例えば精神的昂奮による血圧上昇等だけの原因で起ることもあるが、本屍では外表特に顔面、頭部に外力の作用した証跡を具えており、その力はたとい軽微で到底正常な脳血管を破綻せしめる力は有していないものと認められるとはいえ、一般的には、外力に依つてもともとあつた動脈瘤がそれを機縁に破綻することも多いものであるので、本件の場合もこの両者の間に、因果の関係がなかつたものとすることはできない」というのであり、被害者の脳血管の破綻し易い状態にあつた点および被告人は窃盗の前科を有し、服役した経験も有するが、昭和三八年に刑の執行を受け終つた後は身を慎しんでおり、本件についても改悛の情を表わしている点を考慮し同法三六条二項にしたがい被告人に対しては刑の免除をするのを相当と認め、主文のとおり判決する。(田原義衛 片岡正彦 涌井紀夫)

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